カメラ初体験

タイトルは

小学校のときからカメラが好きで、現在はデジカメを少々楽しんでいる程度ながら、趣味という意味でずっと続いているひとつの楽しみである。

このタイトルはたしか高校生の始め頃に、プロカメラマンのカメラ初体験をまとめた本から引用している。もちろん今でもそれは保管してある。

スパイカメラ

その頃は少年漫画雑誌のあちこちに様々なおもちゃの通販の広告があり、都会では店頭で売っていたかも知れないものは田舎ではあるはずもなく、また、奇抜なそれらには非常に興味を持った。

購入するには現金書留か郵便小為替または切手、を送るといった案配だった。

そんな中にスパイカメラというものがあった。手のひらに載る程度の小さなレンジファインダー風のものだった。その頃、そんな小さい本格的なカメラは存在していたと思うが、それの廉価版、ホビー用である。

使うフィルムはミゼットフィルムという、幅20mm程度の紙巻きタイプである。長さは250mmくらいだったか。それで撮影枚数は15枚くらいだったと記憶する。

また、そのカメラのオプションとして、現像セットがあった。これはそのフィルム用として販売していたものであり、黒いビニール袋に現像液、定着液がセットになったものである。価格は忘れたが1回に100円くらいだったと思う。

くらい場所でその黒い袋にフィルムを入れ、現像するわけだが、やはりワクワクしていたのを思い出す。あまりに興奮しすぎて揉みすぎ、フィルム乳剤が傷だらけになったことを思い出している。

このときの画像は印画紙にベタ焼きしてまだどこかにあるはずである。

ポケットカメラ

このカメラは当時のKODAKが発売していたと記憶する。110、ワンテンと発音していた。小さなマガジン式のフィルムを手軽に装填できるのが売りで、結構所持していた方もおられると思う。

やはりフィルム画面サイズが10mmちょっとであり、プリントすると35mmフィルムと較べると画質では到底かなわない。35mmの画面サイズを半分にしたハーフ判というのがあったが、それより小さい。

このカメラのオプションに使い切りのフラッシュがあった。四角くて4面からそれぞれ発光させるとそれで終わり。30mm角くらいの樹脂製だったが簡単で軽かったのを覚えている。

画質はイマイチながら、ポケットに入るカメラということで使い勝手はよかった。

CANONET (キャノネット)

CANONから発売されたレンジファインダー型のカメラの名称である。自分が使ったのは普及モデルでも割と下のグレードだった。近所のバッタ屋にて3千円だった。当時は中学生、小遣いで購入。

割と綺麗であり、写りもそれなり。レンズもF2.8と不満はなかった。このカメラで当時は白黒フィルムでバンバン撮影した。最初はカメラ店任せの処理も、自分で行うようになり、Luckey製の一番安い引き伸ばし機も買ってやっていた。

このカメラは現在手元にない。おそらく高校の時に誰かにやった記憶が僅か残っている。

持っていた機種とは違います。イメージです↓

この頃のキーワード: ネオパンSS ネオパンSSS KODAK-TRY-X D-76 D-72

CANON New F-1

高校に入って写真部に入る。そのころはキャノネットを使っていたが、部員は親からの譲り物か、新規購入とかで1眼レフを持っていた。ちょうどCanonでは AE-1、EF、Nikonでは F2あたりが出た頃である。部員はミノルタやCanon FT-bなどを使っていてこれは負けられない、と思い、検討をする。

中学校時期の友人がAE-1を持っていたので操作させてもらった。本体のみで5万円だったと思うが、なにか違和感を持った。それは、全電子制御方式なのでシャッター操作後のタイムラグが大きかったためである。それまでは機械式レンズシャッターなのでこの差は大きい。

AE-1とてレンズセット価格では10万円近くなる。これより高価なものは高校生が買えるのか。と自分で心配する。

よく検討すると、やはり高級機種はいい。その当時、Canon派とNikon派がいて、私はCanon派だった。無線で言うと、Yaesu派とIcom派がいるように。

そのころ、知り合いの関係でバイトをするようになった。ゴルフ場のバイトである。何だろうと行ってみるとキャディーさんである。こんな高校生ができるのか、と考えたが結果としてやることになった。これが当時のバイト料で1ラウンド(18ホール)4千円、2ラウンド、時には3ラウンド回れるのでなんと1万円を超える。週一なので月には4万円以上のバイトとなった。

余談だが、キャディさんはやはり男より女がいい。女だと飲み物をくれたりするが、私は暑い中、立ちっぱなしだった。これが現在のゴルフ嫌いの原因かもしれない。

兎も角、この資金によりCanon F-1を標準レンズと同時に購入することにした。部員からはイヤミも言われたが、気にしない。当時の写真部長が旧F-1を駆使してすばらしい腕前を発揮していたのを想いだす。それに刺激されてこのカメラでもバンバン撮影した。

このカメラは10年近く自分の主力となって活躍した。その後、知人に売った。

この頃のキーワード: フォーカルプレーンシャッタ バルブ撮影

Asahi PENTAX 6×7

その頃、プリントを大きく引き伸ばしたかった。所詮35mmでは限界がある。ということで6×7判のカメラを購入した。

これはTTL一眼レフで、ブローニーフィルム(120、220)を使用するものである。

流石に原板が大きいので、全紙程度では全く観賞用としては問題なくできた。

それとは引き替えに大きなボディ、シャッター動作時の衝撃振動は結構なものだった。使用する三脚もベルボンの鉄製大型、重量は10kg近くはあったかもしれない。

まだ若かったので重いとは言いつつも撮影を楽しんだ。

FUJI GA645

6×7は重く感じるようになり、機動性もなかったので小さくても写りのよいものが欲しくなった。

このカメラは6×4.5と6×7の半分の画面サイズ。半分と言っても35mmフルサイズと較べても面積としては数倍あったので写りはいい。また、フルオートだったのでスナップ写真はお手のものだった。

HASSELBLAD  503CX

そのうちまた欲が出て、今度は6×6判のハッセルを購入した。正規で買うとかなり高価なので並行輸入品とした。安いと言ってもボディのみでも30万円は超えていたと思う。それにレンズである。

このカメラは上からのぞき込むタイプであり、ちょっとしたプロ写真家気分であった。まあ、腕前はイマイチだったろうが。

このカメラでよく風景を撮影した。三脚につけてじっくり撮影できた。

その後

その頃からなんとなくカメラに飽きてきたせいもあり、だんだんと小型のカメラになった。Contax T2もその一つ。

デジタルカメラも初期の頃は子供だましのような仕様だったが、そのうち35mmフルサイズに迫るものも出てきたのでこれはもうデジカメの時代だな、とフィルム式から離れることになる。

やはり機動性が大事ですね。写真館で記念撮影をするといった用途は別として、街角で、歩きながらという方にはサッと取り出せて撮影できる現在のミラーレス一眼デジカメがベストかと思う。

時はネットの時代。パソコンやスマホ、タブレットもカメラ機能を持っており、すぐに配信できるようになった。遊びならず、ビジネスでも、またプロカメラマンもデジカメです。

思えばカメラを触り初めてもう半世紀近く。あと半世紀経つとどんな世界になっているかです。

 

 

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